国際郵便と時代の流れ

以前アメリカに住んでいたのですが、アメリカの生活の中で、これは便利だなと思ったのは、自宅の郵便受けに、これから配達して欲しい郵便物(ハガキや封書の手紙)を入れて、ポストに目印を付けておくと、郵便局員さんが、そのまま、郵便物の収集所まで運んでくれるシステムがあるのです。日本のポストとアメリカのポストの形状が異なるので、その辺りからも日本への導入は難しいかもしれないと考えていますが、海外に行くと、電子メールやSNSよりも、手紙を書きたくなる私にとっては便利な郵便システムでありました。街中にあるアメリカの郵便ポストは、日本の赤い筒状や四角いものではなく、青色が基本のようなので、時々、ゴミ箱と勘違いしてしまい、飲み終わったドリンクの容器を入れてしまいそうになった事が何度もあります。海外から送る郵便物は、途中で迷子になってしまう事があるというような事柄を聞いていたので、日本に手紙を送る際には、行方不明になってしまっても仕方がないと思いながら手放していたのですが、大抵は、「届いたよ」と相手先からメールやSNSが届くので、案外、大丈夫なものなのだと思い、内心ホッとしています。海外に居る、こちらからハガキや封書の手紙を送っても、相手からは、メールやSNSを通じて連絡が来るので、あえて郵便を使用するのは、無意味だと言う友人たちの意見もあるのですが、メールやSNSのように、すぐには届かない分、遠い距離や手紙の届けられる時間の中だけで、感じ取る事のできる風情があって良いのではないかと考えています。なんだか、日本と米国のSNSのやり取りが、お隣の県境から連絡をもらっているような距離に感じてしまっているのは私だけでしょうか?最近は、英会話の学習もいらないような、万能な翻訳機器も登場しつつ、世の中の流れの速さを感じています。どんな便利な時代がやってこようとも、それでも私は、海外で生活を送る際には、郵便のシステムが国際的に使用出来る限り、通信手段として国際郵便を使用して行こうかなと考えています。

私は今新宿に住んでいて、英会話レッスンも通いそこそこ英会話はできるようになりました。

こうしたアメリカの日常を今も思い出しては懐かしんできます。

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